更新15.11.04 掲載産業遺産:25件

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2016/08/06
9/1(木)産業遺産見学会を開催します!
…ご案内は
こちら(PDFファイル695KB)
2016/08/06
「平成28年7月15日答申登録有形文化財(建造物)の登録について」を掲載しました!ダウンロードはこちら

2015/11/04
12/2(水)「足尾銅山の産業遺産を巡り、そして語らう!」を実施します
…ご案内は
こちら(PDFファイル1.2MB)
2015/09/25
10/13(火)産業遺産見学会を開催します!
…ご案内は
こちら(PDFファイル1.9MB)
2015/06/04
6/23(火)産業遺産見学会を開催します!
…ご案内は
こちら(PDFファイル2MB)
2015/04/18
①5/27(水)AM 夜半沢索道トンネルツアーを開催します!
…ご案内は
こちら(PDFファイル5.6MB)
②5/27(水)PM 宇都野火薬庫見学会を開催します!
…ご案内は
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2014/09/06
10/4(土)足尾銅山のシンポジウムを開催します
…ご案内は
こちら(PDFファイル817KB)
2014/05/30
6/25(水)産業遺産見学会を開催します!
…ご案内は
こちら(PDFファイル3.1MB)
2013/10/01
10/26(土)足尾銅山の世界遺産登録推進シンポジウムを開催します
…ご案内は
こちら(PDFファイル633KB)
10/18(金)産業遺産見学会を開催します!
…ご案内は
こちら(PDFファイル1.9MB)
2013/05/27
6/20(木)産業遺産見学会を開催します!
…ご案内は
こちら(PDFファイル1.8MB)
2013/03/27
復刻版資料!【足尾銅山概要】、【足尾製煉所概要】を掲載しました!ダウンロードはこちら

2012/10/16
10/26(金)産業遺産見学会参加者の募集は終了いたしました。たくさんのご応募ありがとうございました。

2012/9/25
10/27(土)足尾銅山の世界遺産登録推進シンポジウムを開催します
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こちら(PDFファイル777KB)
2012/06/25
足尾銅山跡調査報告書4を掲載しました!ダウンロードはこちら

2012/6/12
6/18(月)産業遺産見学会参加者の募集は終了いたしました。たくさんのご応募ありがとうございました。

2012/02/9
安全專一を掲載しました!ダウンロードはこちら

2011/9/21
10/15(土)足尾銅山の世界遺産登録推進シンポジウムを開催します
…ご案内は
こちら(PDFファイル682KB)
2010/05/14
足尾銅山跡調査報告書2を掲載しました!ダウンロードはこちら

2010/04/29
産業遺産マップをリニューアルしました!ダウンロードはこちら

2010/03/29
03/29(月)「足尾地域の産業遺産の保存・活用と環境学習推進協働会議」のページを追加しました
2009/12/14
12/19(土)世界遺産登録を推進する会第11回勉強会を開催します
…ご案内はこちら(PDFファイル104KB)

2009/10/02
10/17(土)足尾銅山の世界遺産登録推進シンポジウムを開催します
…ご案内は
こちら(PDFファイル740KB)

2009/05/08
08年11月実施の世界遺産登録推進シンポジウム開催内容を掲載しました。ダウンロードはこちら

2009/02/24
足尾地域の産業遺産の保全と活用に関するシンポジウムを開催します
…ご案内はこちら(PDFファイル227KB)

2009/02/10
産業遺産マップが完成しました。ダウンロードはこちら

2008/11/30
世界遺産登録推進シンポジウムが行われました!

足尾銅山のはじまり


足尾銅山は栃木県西部、渡良瀬川の最上流部に位置する日光市足尾町にあります。
銅山の発見は諸説ありますが、16世紀中には採掘が始められていたと考えられており、慶安元年(1648)には徳川幕府の御用銅山となりました。産出された銅は、江戸城、芝の増上寺、日光東照宮などの銅瓦に用いられ、長崎から海外にも輸出されました。貞享元年(1684)には1500トンの生産量を記録し全盛期をむかえましたが、その後は徐々に低下し、江戸時代末期にはほぼ廃山同然となりました。

近代化による大躍進


明治10年(1877)に古河市兵衛が銅山を買収、経営に着手し、近代的手法による鉱源開発を行った結果、同14年鷹の巣坑、同17年本口坑で相次いで直利(富裕な鉱床)を発見することに成功し、以後、急激に発展しました。
産銅量の増加に対応して、明治23年(1890)には、水力発電所としては我が国最初期に位置づけられる間藤水力発電所を完成させ、電気ポンプと電気巻揚機を設置して廃水・鉱石巻揚げの効率化を図るとともに、電気鉄道、架空索道、軽便馬車軌道の敷設による運搬の合理化を実現させました。また、製錬技術の近代化に関しては、明治26年(1893)にベッセマー式転炉による錬銅法を日本で最初に実用化に成功し、高品質の精銅の製造が可能になり、生産性が飛躍的に向上しました。
これらの技術革新により足尾銅山は、東洋一の生産量を誇る銅山へと成長しました。

公害対策の歴史


しかし銅山の成長は、一方では製錬過程で発生する亜硫酸ガスによる煙害の発生や、採鉱、選鉱、製錬の全過程から発生する重金属を含んだ廃水による下流域の水質汚染や農地の土壌汚染をもたらすという公害問題(鉱毒問題)を発生させることとなりました。  田中正造や被害民の運動により鉱毒問題は、「足尾鉱毒事件」として広く知られることとなりますが、事態を重く見た政府は「鉱毒予防工事命令」を発令し、堆積場、沈澱池、濾過池、脱硫塔などの鉱害防除施設の建設を命じました。特に明治30年(1897)の第3回予防工事命令では、わずか半年という期限内で完成しなくては鉱業停止という条件の下、古河市兵衛は104万4千円の巨費を投じて工事を完遂させました。
これにより廃水対策は一定の成果を見るものの、脱硫塔での煙害対策は十分でなく、その解決には、多くの課題を抱えながら試行錯誤の歴史を経て、自溶製錬法とそれに伴う脱硫技術が確立される昭和31年(1956)まで待たなければなりませんでした。その後、古河が独自の改良を加えて完成させたこの公害防除技術は、現在では国内だけでなく海外においても、環境負荷低減のため導入されています。  足尾銅山の除害対策は国家の公害政策として位置づけられ、以後、国内の諸鉱山の公害調査が本格化するきっかけとなりましたが、このような取り組みは日本の公害対策の起点となったと思われます。

閉山そして未来へ


足尾銅山は昭和48年(1973)に閉山し、その後も輸入鉱石による製錬が続けられていましたが、昭和63年 (1988)に製錬所の稼動も停止され、鉱石による銅生産の歴史に幕を閉じました。
しかし、坑内廃水の浄水処理や煙害地の植林は、明治時代から今日まで続けられています。特に煙害地の植林は、国・県・古河のみならず多くのボランティアが参加し、荒廃地であった山々の緑は回復しつつあります。
このように森林の保全と緑化の推進活動など、環境との共生に向けた努力は今も続けられています。

 

産業遺産を見学する際は安全に十分注意してお出かけ下さい。法律で禁じられた場所への立ち入りはできません。本サイトの情報に起因する損害についてその責任を負いかねます。情報はご自身の責任の上でご利用下さい。

足尾関連サイトリンク

足尾銅山の世界遺産登録に向けて

栃木県日光市サイト内、「世界遺産暫定一覧表追加記載提案書」のダウンロードも可能です。

足尾銅山の世界遺産登録を推進する会事務局

足尾歴史館に事務局を置く市民団体、「足尾遺産の世界遺産登録を推進する会」の情報が掲載されたサイト。(足尾歴史館サイト内)

日光市観光情報

足尾エリアの観光情報ページへのリンクです。過去の写真を見ることもできます。

足尾Terrace

「エコミュージアムあしお」の実現にむけた足尾まるごと井戸端会議 の取り組みを紹介。産業遺産の町、足尾をガイドがご案内するプランもあります。

日光市の指定文化財

日光市の指定文化財を紹介。もちろん足尾にある指定文化財も掲載されています。